養生訓 常に中庸を心掛けましょう


久しぶりの養生訓です。貝原益軒の養生訓、最初の方はネットで原典とかを調べていましたが、最近は斎藤孝さんの「図解 養生訓」を参考にしています。以前ご紹介したものも含まれていたので、念のため確認しましたが、とくに間違った解釈も無かったので、安心しました。(^^; ちなみに養生訓の分と訳は斎藤孝さんの著書を参考にしていますが、それ以外の解釈は私個人のものです。


さて今日ご紹介するのは、巻第三の24から


「飲食十分に満足するは禍の基なり。

楽しみの極まれるは悲しみの基なり。」


というものですが、いつも美味しいものばかり食べまくっていると不幸になる。楽しみの絶頂は悲しみの始まりである。という意味になります。


解説は不要な内容ですが、改めて考えてみると、どちらも同じ内容ですね。飲食の満足というのも楽しみですし、悲しみとは不幸です。

おそらく東洋医学を勉強した益軒は養生に反した生活をして不幸にも病気になってしまったり、結果として短命に終わったりする多くの人を何とか救いたかったのでしょう。


重い病気に罹ってしまうと、もちろん本人の生活の質が著しく低下しますし、周囲の家族も心身ともに不幸になってしまいます。特に益軒の生きていた時代の医療や衛生環境は今と比べると大変お粗末なものであったはずです。逆に環境毒が現代よりも少ない事を考えれば、少しの注意で健康な生活が営むことができたのかもしれません。


もう一点、東洋医学に精通した貝原謁見の視点から、五行論における感情について考えてみると、「楽しみ」は「心」に関わる感情です。「心」とは単純に内臓としての心臓をさしているのではありませんが、ややこしくなるので、ここでは心臓に関連しているとします。東洋医学では心臓は「喜」の感情を象徴しているとし、「喜」が過剰になると心臓を傷める事になります。その結果、さまざまな心疾患を誘発することになります。ただし病気になってしまったので悲しくなるという意味ではないと思います。もちろんそれもありますが。


五行論によると心臓のエネルギーが「喜」によってバランスを崩すと今度は、肺にも影響が出てしまう事になります。五行思想によると肺は「悲」と関連があるのです。なので「喜」→「悲」ですね。


とにかく「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということで何でも過剰なものは体に悪いという事ですね。


ちなみに五行論でいう内臓と感情の関係は面白いので、参考のためにご紹介しておきます。

肝臓=怒驚、心臓=喜、脾臓=思、肺=悲憂、腎臓=恐です。ここに書いた感情がそれぞれの内蔵に影響を与えるということで、私にも憶えがあります。



花壇に来たアゲハ蝶@林試の森公園

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